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シネマ

『天国は待ってくれる』ルビッチ最高の一本

当ブログ初の映画記事はエルンスト・ルビッチの『天国は待ってくれる』(1943年)です。

みなさんはエルンスト・ルビッチをご存知でしょうか?

ルビッチは映画史上に燦然と輝く王様の一人です。

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映画の王様ルビッチ

ビリー・ワイルダーの師匠格でした。ですが日本ではワイルダーの方がはるかに有名ですね。

ワイルダーは書斎にルビッチの写真を貼り、シナリオに行き詰まったときは「ルビッチならどうする?」と問いかけていたそうです。ちなみにこのエピソードは、ワイルダーへのロングインタビューを収録した『ワイルダーならどうする?』で読みました。

ルビッチの名前を知るのは、今やコアな映画ファンに限られてしまっておりますが、映画史上で極めて大きな存在です。

映画におけるコメディは以下の2系統に大別されます。

・スラップステイック(ドタバタ)コメディ

・シチュエーションコメディ

前者はキートンやチャップリンに代表される、身体的な運動性を伴ったギャグが盛り込まれたコメディです。

後者は人物関係の綾、登場人物の置かれた状況のおかしさによって織りなされるコメディです。

ルビッチとは後者の大家であり、映画史のシチュエーションコメディはルビッチという幹から派生して花開いたと言っても過言ではありません。ルビッチの『結婚哲学』を先祖として、ハワード・ホークスやプレストン・スタージェス、ビリー・ワイルダーたちのコメディは産まれたのです。もちろんルビッチを含めた彼らのコメディの中には、スラップスティックやギャグの成分がふんだんに盛り込まれており、スラップスティックコメディとシチュエーションコメデイは二項対立の関係にはありません。

そんなルビッチのフィルモグラフィーの中でも『天国は待ってくれる』は、『生きるべきか死ぬべきか』『天使』などと並び、ルビッチ最高の一本であると言えます。

少なくとも自分はルビッチ作品で一番好きですし、自身のオールタイムベストテンの候補に常にあがります。

記事を書くにあたって観直してみました。大学時代から数えて、おそらく5回目くらいの鑑賞です。

今になって、自分がなぜこの作品に魅了されているのか分かりました。

前置きが長くなりましたが、『天国は待ってくれる』について書いていきます。

『天国は待ってくれる』ー面白いやつは天国へ行けるー

この作品のログラインと主題は下記のようなものだと考えます。

ログライン

「寿命を終えたヘンリーは閻魔様を前にして自らの人生を振り返る。生粋の女たらしであったヘンリーの行き先は、天国か地獄か」

主題

「ユーモアのある女たらしは天国へ行けるか」

ログラインとは、映画を1、2行で説明した文です

たとえば『ダイ・ハード』のログラインは「警官が別居中の妻に会いに来るが、妻の勤める会社のビルがテロリストに乗っ取られる」である。

※書籍『SAVE THE CATの法則』からの引用

主題とは、映画全体を貫く問いです。

たとえば『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の主題は「暴力は正当化され得るか」です。

主題と主張は違い、主題には疑問符がつきます。

仮に主題が疑問符を持たない主張じみたものである場合、その映画は途端に説教くさくなります。

「戦争反対!」は主張であり、「あなたはそれでも戦争を望みますか」は主題です。映画の発するメッセージとしてどちらがより高尚かは、明らかです。

※主題に関する考え方は、黒沢清監督の講義に基づいています。

『天国は待ってくれる』のログラインは、アブノーマルです。

なぜなら主人公のヘンリーはすでに死んでおり、映画の95%を構成するのは人生の回想だからです。変化しようのない出来事が閻魔様に語られ、その人生が天国行きか地獄行きかをジャッジされる映画です。

人生のプレイバックがルビッチタッチによって、優雅に、流麗に、艶やかに描かれているため、鑑賞中は至福の時間が流れます。

自分が真に魅了されたのは、ルビッチの達人的映画手法とは別の点です。

それは、この映画の主題「ユーモアのある女たらしは天国へ行けるか」に関係が深いです。

映画内でヘンリー(ユーモアのある女たらし)は明らかに優遇を受けます。

対してヘンリーのいとこであるアルバート(誠実だが退屈な優等生)は冷遇を受けます。決定的な「冷遇」はアルバートは婚約者のマーサを、ヘンリーに奪われることです。

この優遇/冷遇のポイントとなるのはチャールズコバーン扮するヘンリーの祖父です。祖父は家業の社長であり、一家の権力者です。若い時分は、女たらしでした。そんな祖父は問題児であったヘンリーを、ことあるごとに「優遇」します。劇の後半に明かされた優遇の理由は「お前(ヘンリー)が好きだから」です。

左がヘンリー、中央がアルバート、右がマーサ
右がヘンリーの祖父

ルビッチも間違いなくヘンリーのような人物が好きなのです。この映画は「ユーモアのある女たらし」を愛する思想に貫かれています。ここでふと気づくのです。「ユーモアのある女たらし」とはルビッチそのものではないかと。

鑑賞している自分の中では「ユーモアのある女たらし」は「面白いやつ」と同義でした。「面白いやつ」が「面白いんだから(=立川談志流に言えば「粋だね」)」という理由で天国に送り込まれる世界が桃源郷に感じられたのでした。

みなさんも『天国は待ってくれる』をぜひご覧ください。

こんな記事でも完読してくれた方は、きっと天国へ行けます笑 ーー Fin. ーー